オリーブ設計 スタッフブログ

2022.10.14

鉄道150周年に想う

Naruki.M

日本に鉄道が開通して今日で150年。私にとって遠方への出張に新幹線はなくてはならないし、地下鉄だって本当に便利。

私は鉄道の旅…いや旅情を込めて表現すると「汽車旅」が大好き。飛行機や船は景色の変化が少ないし、車の旅はアルコールが飲めない(笑)。特にヨーロッパの汽車旅が好きで、早くコロナ禍が明けてほしい…と思う今日この頃。

さて、日本の汽車旅で思い出深いものがあります。社会人1年目。設計した建物の工事が山形県であり、度々そこへ工事監理のために訪れていた最寄り駅でのこと。

このレールの先にはどんな景色があるのだろう…

出張は泊まりの場合も多く、名古屋の事務所でのデスクワークを確保するためには、翌日が休日になる金曜日を選んで出張していました。そこで次の日からの週末を使ってさらに北に行ってみよう!と。

私のアルバムの1ページ。フリー切符を活用し東北をぐる~りと周遊することができました。ちなみに当時はアナログカメラしかなく、プリントは高価だからか…写真はこの3枚しかない(泣)。切符の日付けを見るとちょうど30年前、23才とサインしてあるではないか、若い!

ところで現在では、同じような切符、同じようなルートで旅することができません。切符に大きく記載があるように「東日本旅客鉄道会社線」いわゆるJR東日本ではない路線が、今では多く介在するためです。

新幹線が延伸されると採算の取れない並行在来線は放棄され、第三セクターつまり地元自治体などで運営する「別会社」となってしまいます。新幹線を引き換えにJRが在来線を放棄できる法律。公共交通機関でありながら、どこか要るもの要らないものをドライに判断されているようで虚しい。

さて、150周年ということで鉄道を振り返ってみましたが、私にとってもうひとつ、鉄道のお陰で結ばれた縁がありました。

前にもブログにしたためましたが、鉄工所を営んでいた私の父は根っからのエンジニアで、引退後の趣味にと私がプレゼントしたマニュアル本を参考に、ライブスチームと言って「石炭」と「水」で走る「小さな蒸気機関車」を作ることを趣味にしていたのです。

2018.12.24ブログ「今月も父の誕生日」

写真は父が会員だった倶楽部の運転会にて。この半年後、父はこの世を去りました。私が息子として生まれて50年経っても一緒に遊べた父。これも鉄道の持つよき縁でした。

あっ!もうひとつ、「結婚してくれ!」と恥ずかしくて言えなっかった私は、「妻の旧姓の駅から、私の姓の駅への片道切符」を渡し求婚したっけ。これも今では両駅が同じ鉄道会社ではなく幻の切符になりました。よって帰りの切符も発行できず妻は今も私のそばにいて… これも鉄道の持つご縁と申せましょう(笑)