打ち合わせのため、ある鉄工所の社長をお訪ねした時のこと、その工場には、なつかしい匂いが充満していました。鉄を加工する焼けたような匂い、焼きつかないようにするための油の匂い、さまざまな工作機械、ドリルやバイトなど機械工具もなつかしい…なぜかと申しますと私の実家も鉄工所。私はその息子で長男なのです。
デザインが好きだった私は跡を継がず、好きな道を歩ませてもらいました。実家の鉄工所は弟が継いでくれていますので、私よりもずっと親孝行であり、親の鉄工所を継ぐという苦労は私が一番の理解者でありたい。先日も工場を拡張しましたが喜んで力になりました。
さて、今回お訪ねした工場で最も感激したのは【旋盤(せんばん)】という工作機械を見つけたことです。それも私の父も愛用していた豊和という同じメーカーのもの! その社長にその旨をお話ししますと、先代のお父様がご愛用さていた旋盤とのこと。大切にされていることがよくわかりました。
さて、私が生まれる前に父は小さな工場を建て独立し、中古の旋盤を使っていました。私が物心ついたころ、ピッカピッカの新品の旋盤がやってきた時のことを今でも覚えています。その旋盤のメーカーが豊和だったのです。収入が安定し、やっと新品の旋盤を購入できた父はさぞ嬉しかったことでしょう。お訪ねした工場で出会った同じメーカーの旋盤を見るにつけそんなことを思い出しました。
帰りの道中、鉄工所を営んでいる弟に電話でその話をしたところ、いまだ現役、40年以上使っている旋盤の写真を送ってくれました。家族を養い、私を育ててくれた旋盤、そしてそれを油まみれになって動かした父、一緒に働いていた母に感謝です。そして弟にも。